れど、何にもかも貧がさする不如意に是非のなく、いま縫う猪之《いの》が綿入れも洗い曝《ざら》した松坂縞《まつざかじま》、丹誠一つで着させても着させ栄《ば》えなきばかりでなく見ともないほど針目がち、それを先刻《さっき》は頑是《がんぜ》ない幼な心といいながら、母様|其衣《それ》は誰がのじゃ、小さいからは我《おれ》の衣服《べべ》か、嬉しいのうと悦《よろこ》んでそのまま戸外《おもて》へ駈け出《いだ》し、珍らしゅう暖かい天気に浮かれて小竿《こざお》持ち、空に飛び交う赤蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《あかとんぼ》を撲《はた》いて取ろうとどこの町まで行ったやら、ああ考え込めば裁縫《しごと》も厭気になって来る、せめて腕の半分も吾夫の気心が働いてくれたならばこうも貧乏はしまいに、技倆《わざ》はあっても宝の持ち腐れの俗諺《たとえ》の通り、いつその手腕《うで》の顕《あら》われて万人の眼に止まるということの目的《あて》もない、たたき大工|穴鑿《あなほ》り大工、のっそり[#「のっそり」に傍点]という忌々《いまいま》しい諢名《あだな》さえ負わせられて同業中《なかまうち》にも軽《かろ》しめらるる歯痒《は
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