鼾声《いびき》なり。源太はこれに打ち笑い、愛嬌のある阿呆めに掻巻《かいまき》かけてやれ、と云いつつ手酌にぐいと引っかけて酒気を吹くことやや久しく、怒《おこ》って帰って来はしたもののああでは高が清吉同然、さて分別がまだ要《い》るわ。

     其十八

 源太が怒って帰りし後、腕|拱《こまぬ》きて茫然《ぼうぜん》たる夫の顔をさし覗《のぞ》きて、吐息つくづくお浪は歎じ、親方様は怒らする仕事はつまり手に入らず、夜の眼も合わさず雛形《ひながた》まで製造《こしら》えた幾日の骨折りも苦労も無益《むだ》にした揚句の果てに他《ひと》の気持を悪うして、恩知らず人情なしと人の口端にかかるのはあまりといえば情ない、女の差し出たことをいうとただ一口に云わるるか知らねど、正直|律義《りちぎ》もほどのあるもの、親方様があれほどに云うて下さる異見について一緒にしたとて恥辱《はじ》にはなるまいに、偏僻《かたいじ》張ってなんのつまらぬ意気地立て、それを誰が感心なと褒《ほ》めましょう、親方様の御料簡につけば第一御恩ある親方のお心持もよいわけ、またお前の名も上り苦労骨折りの甲斐も立つわけ、三方四方みな好いになぜその気には
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