口《ちょく》もつ手を後へは退《ひ》かぬがおかしき上戸《じょうご》の常態《つね》、清吉はや馳走酒《ちそうざけ》に十分酔ったれど遠慮に三分の真面目をとどめて殊勝らしく坐り込み、親方の不在《るす》にこう爛酔《へべ》では済みませぬ、姉御と対酌《さし》では夕暮を躍《おど》るようになってもなりませんからな、アハハむやみに嬉しくなって来ました、もう行きましょう、はめを外《はず》すと親方のお眼玉だ、だがしかし姉御、内の親方には眼玉を貰《もら》っても私《わっち》は嬉しいとおもっています、なにも姉御の前だからとて軽薄を云うではありませぬが、真実《ほんと》に内の親方は茶袋よりもありがたいとおもっています、いつぞやの凌雲院《りょううんいん》の仕事の時も鉄や慶《けい》を対《むこ》うにしてつまらぬことから喧嘩《けんか》を初め、鉄が肩先へ大怪我をさしたその後で鉄が親から泣き込まれ、ああ悪かった気の毒なことをしたと後悔してもこっちも貧的、どうしてやるにもやりようなく、困りきって逃亡《かけおち》とまで思ったところを、黙って親方から療治手当もしてやって下された上、かけら半分|叱言《こごと》らしいことを私に云われず、ただ物
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