小癪《こしゃく》なとも恩知らずなともおっしゃらず、どこまでも弱い者を愛護《かぼ》うて下さるお仁慈《なさけ》深い御分別にも頼《よ》り縋《すが》らいで一概に厭じゃとは、たとえば真底から厭にせよ記臆《ものおぼえ》のある人間《ひと》の口から出せた言葉でござりまするか、親方様の手前お吉様の所思《おもわく》をもよくとっくりと考えて見て下され、妾はもはやこれから先どの顔さげてあつかましくお吉様のお眼にかかることのなるものぞ、親方様はお胸の広うて、ああ十兵衛夫婦はわけの分らぬ愚か者なりゃ是も非もないと、そのまま何とも思《おぼ》しめされずただ打ち捨てて下さるか知らねど、世間は汝を何と云おう、恩知らずめ義理知らずめ、人情|解《げ》せぬ畜生め、あれ奴《め》は犬じゃ烏じゃと万人の指甲《つめ》に弾《はじ》かれものとなるは必定《ひつじょう》、犬や烏と身をなして仕事をしたとて何の功名《てがら》、欲をかわくな齷齪《あくせく》するなと常々妾に諭《さと》された自分の言葉に対しても恥かしゅうはおもわれぬか、どうぞ柔順《すなお》に親方様の御異見について下さりませ、天に聳《そび》ゆる生雲塔《しょううんとう》は誰々二人で作ったと
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