、親方様ともろともに肩を並べて世に称《うた》わるれば、汝の苦労の甲斐も立ち親方様のありがたいお芳志《こころざし》も知るる道理、妾もどのように嬉しかろか喜ばしかろか、もしそうなれば不足というは薬にしたくもないはずなるに、汝は天魔に魅《みい》られてそれをまだまだ不足じゃとおもわるるのか、ああ情ない、妾が云わずと知れている汝自身の身のほどを、身の分際を忘れてか、と泣き声になり掻き口説く女房の頭《こうべ》は低く垂れて、髷《まげ》にさされし縫針の孔《めど》が啣《くわ》えし一条《ひとすじ》の糸ゆらゆらと振うにも、千々に砕くる心の態《さま》の知られていとどいじらしきに、眼を瞑《ふさ》ぎいし十兵衛は、その時例の濁声《だみごえ》出し、喧《やかま》しいわお浪、黙っていよ、我《おれ》の話しの邪魔になる、親方様聞いて下され。

     其十五

 思いの中《うち》に激すればや、じたじたと慄《ふる》い出す膝《ひざ》の頭《かしら》をしっかと寄せ合わせて、その上に両手《もろて》突っ張り、身を固くして十兵衛は、情ない親方様、二人でしょうとは情ない、十兵衛に半分仕事を譲って下さりょうとはお慈悲のようで情ない、厭でござ
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