きもしわが身の急に絞木《しめぎ》にかけて絞めらるるごとき心地のして、思わず知らず夫にすり寄り、それはまあなんということ、親方様があれほどにあなたこなたのためを計って、見るかげもないこの方連れ、云わば一[#(ト)]足に蹴落しておしまいなさるることもなさらばできるこの方連れに、大抵ではないお情をかけて下され、御自分一人でなさりたい仕事をも分けてやろう半口乗せてくりょうと、身に浸みるほどありがたい御親切の御相談、しかもお招喚《よびつけ》にでもなってでのことか、坐蒲団《ざぶとん》さえあげることのならぬこのようなところへわざわざおいでになってのお話し、それを無にしてもったいない、十兵衛厭でござりまするとは冥利《みょうり》の尽きた我儘《わがまま》勝手、親方様の御親切の分らぬはずはなかろうに胴欲なも無遠慮なも大方|程度《ほどあい》のあったもの、これこの妾《わたし》の今着て居るのも去年の冬の取りつきに袷姿《あわせすがた》の寒げなを気の毒がられてお吉様の、縫直《なお》して着よと下されたのとは汝《おまえ》の眼には暎《うつ》らぬか、一方ならぬ御恩を受けていながら親方様の対岸《むこう》へ廻るさえあるに、それを
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