、夫の膝を右の手で揺り動かしつ掻《か》き口説《くど》けど、先刻《さき》より無言の仏となりし十兵衛何ともなお言わず、再度《ふたたび》三度かきくどけど黙黙《むっくり》として[#「黙黙《むっくり》として」はママ]なお言わざりしが、やがて垂《た》れたる首《こうべ》を抬《もた》げ、どうも十兵衛それは厭でござりまする、と無愛想に放つ一言、吐胸《とむね》をついて驚く女房。なんと、と一声|烈《はげ》しく鋭く、頸首《くびぼね》反らす一二寸、眼に角たててのっそりをまっ向よりして瞰下《みおろ》す源太。
其十四
人情の花も失《な》くさず義理の幹もしっかり立てて、普通《なみ》のものにはできざるべき親切の相談を、一方ならぬ実意《じつ》のあればこそ源太のかけてくれしに、いかに伐《き》って抛《な》げ出したような性質《もちまえ》がさする返答なればとて、十兵衛厭でござりまするとはあまりなる挨拶《あいさつ》、他《ひと》の情愛《なさけ》のまるでわからぬ土人形でもこうは云うまじきを、さりとては恨めしいほど没義道《もぎどう》な、口惜しいほど無分別な、どうすればそのように無茶なる夫の了見と、お浪は呆《あき》れもし驚
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