たく、その上にまたどうともしようと、我も男児《おとこ》なりゃ汚《きたな》い謀計《たくみ》を腹には持たぬ、真実《ほんと》にこうおもうて来たわ、と言葉をしばしとどめて十兵衛が顔を見るに、俯伏《うつむ》いたままただはい、はいと答うるのみにて、乱鬢《らんびん》の中《うち》に五六本の白髪《しらが》が瞬《またた》く燈火《あかり》の光を受けてちらりちらりと見ゆるばかり。お浪ははや寝し猪《い》の助《すけ》が枕の方につい坐って、呼吸《いき》さえせぬようこれもまた静まりかえり居る淋《さび》しさ。かえって遠くに売りあるく鍋焼|饂飩《うどん》の呼び声の、幽《かす》かに外方《そと》より家《や》の中《うち》に浸みこみ来たるほどなりけり。
 源太はいよいよ気を静め、語気なだらかに説き出《いだ》すは、まあ遠慮もなく外見《みえ》もつくらず我の方から打ち明けようが、なんと十兵衛こうしてはくれぬか、せっかく汝も望みをかけ天晴《あっぱ》れ名誉の仕事をして持ったる腕の光をあらわし、欲徳ではない職人の本望を見事に遂げて、末代に十兵衛という男が意匠《おもいつき》ぶり細工ぶりこれ視《み》て知れと残そうつもりであろうが、察しもつこう我
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