れ、あわてて火鉢の前に請《しょう》ずる機転の遅鈍《まずき》も、正直ばかりで世態《よ》を知悉《のみこ》まぬ姿なるべし。
 十兵衛は不束《ふつつか》に一礼して重げに口を開き、明日の朝|参上《あが》ろうとおもうておりました、といえばじろりとその顔下眼に睨《にら》み、わざと泰然《おちつき》たる源太、おお、そういう其方《そち》のつもりであったか、こっちは例の気短ゆえ今しがたまで待っていたが、いつになって汝《そなた》の来るか知れたことではないとして出かけて来ただけ馬鹿であったか、ハハハ、しかし十兵衛、汝は今日の上人様のあのお言葉をなんと聞いたか、両人《ふたり》でよくよく相談して来よと云われた揚句に長者の二人の児のお話し、それでわざわざ相談に来たが汝も大抵分別はもう定《き》めて居るであろう、我《おれ》も随分虫持ちだが悟って見ればあの譬諭《たとえ》の通り、尖《とが》りあうのは互いにつまらぬこと、まんざら敵《かたき》同士でもないに身勝手ばかりは我も云わぬ、つまりは和熟した決定《けつじょう》のところが欲しいゆえに、我欲は充分折って摧《くだ》いて思案を凝らして来たものの、なお汝の了見も腹蔵のないところを聞き
前へ 次へ
全143ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング