食《ゆうめし》の膳に対《むか》うとそのまま云いわけばかりに箸をつけて茶さえゆるりとは飲まず、お吉、十兵衛めがところにちょっと行て来る、行違いになって不在《るす》へ来《こ》ば待たしておけ、と云う言葉さえとげとげしく怒りを含んで立ち出でかかれば、気にはかかれど何とせん方もなく、女房は送って出したる後にて、ただ溜息《ためいき》をするのみなり。

     其十三

 渋って開《あ》きかぬる雨戸にひとしお源太は癇癪の火の手を亢《たかぶ》らせつつ、力まかせにがちがち引き退《の》け、十兵衛|家《うち》にか、と云いさまにつとはいれば、声色《こわいろ》知ったるお浪《なみ》早くもそれと悟って、恩あるその人の敵《むこう》に今は立ち居る十兵衛に連れ添える身の面《おもて》を対《あわ》すこと辛く、女気の繊弱《かよわ》くも胸をどきつかせながら、まあ親方様、とただ一言我知らず云い出したるぎり挨拶《あいさつ》さえどぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]して急には二の句の出ざるうち、煤《すす》けし紙に針の孔《あな》、油染みなんど多き行燈《あんどん》の小蔭《こかげ》に悄然《しょんぼり》と坐り込める十兵衛を見かけて源太にずっと通ら
前へ 次へ
全143ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング