う十兵衛が来そうなものと何事もせず待ちかくるに、時は空《むな》しく経過《たっ》て障子の日※[#「日/咎」、第3水準1−85−32]《ひかげ》一尺動けどなお見えず、二尺も移れどなお見えず。
 是非|先方《むこう》より頭《かしら》を低くし身を縮《すぼ》めて此方《こち》へ相談に来たり、何とぞ半分なりと仕事をわけて下されと、今日の上人様のお慈愛《なさけ》深きお言葉を頼りに泣きついても頼みをかけべきに、何としてこうは遅きや、思いあきらめて望みを捨て、もはや相談にも及ばずとて独りわが家に燻《くすぼ》り居るか、それともまた此方より行くを待って居るか、もしも此方の行くを待って居るということならばあまり増長した了見なれど、まさかにそのような高慢気も出《いだ》すまじ、例ののっそりで悠長《ゆうちょう》に構えて居るだけのことならんが、さても気の長い男め迂濶《うかつ》にもほどのあれと、煙草ばかりいたずらに喫《ふ》かしいて、待つには短き日も随分長かりしに、それさえ暮れて群烏《むらがらす》塒《ねぐら》に帰るころとなれば、さすがに心おもしろからずようやく癇癪の起り起りて耐《こら》えきれずなりし潮先、据《す》えられし晩
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