見よ味のある話しではないか、どうじゃ汝たちにも面白いか、老僧には大層面白いが、と軽く云われて深く浸む、譬喩《ひゆ》方便も御胸の中《うち》にもたるる真実《まこと》から。源太十兵衛二人とも顔見合わせて茫然たり。

     其十

 感応寺よりの帰り道、半分は死んだようになって十兵衛、どんつく布子の袖組み合わせ、腕|拱《こまぬ》きつつうかうか歩き、お上人様のああおっしゃったはどちらか一方おとなしく譲れと諭《さと》しの謎々《なぞなぞ》とは、何ほど愚鈍《おろか》な我《おれ》にも知れたが、ああ譲りたくないものじゃ、せっかく丹誠に丹誠凝らして、定めし冷えて寒かろうにお寝《やす》みなされと親切でしてくるる女房《かか》の世話までを、黙っていよよけいなと叱り飛ばして夜の眼も合わさず、工夫に工夫を積み重ね、今度という今度は一世一代、腕一杯の物を建てたら死んでも恨みはないとまで思い込んだに、悲しや上人様の今日のお諭《さと》し、道理には違いないそうもなければならぬことじゃが、これを譲っていつまた五重塔の建つという的《あて》のあるではなし、一生とてもこの十兵衛は世に出ることのならぬ身か、ああ情ない恨めしい、天道
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