にったりと徐《ゆる》やかに笑いたまい、婦女《おんな》のように軽《かろ》く軟《やわ》らかな声小さく、それならば騒がずともよいこと、為右衛門|汝《そなた》がただ従順《すなお》に取り次ぎさえすれば仔細はのうてあろうものを、さあ十兵衛殿とやら老衲《わし》について此方《こち》へおいで、とんだ気の毒な目に遇《あ》わせました、と万人に尊敬《うやま》い慕わるる人はまた格別の心の行き方、未学を軽んぜず下司をも侮らず、親切に温和《ものやさ》しく先に立って静かに導きたまう後について、迂濶《うかつ》な根性にも慈悲の浸み透れば感涙とどめあえぬ十兵衛、だんだんと赤土のしっとりとしたるところ、飛石の画趣《えごころ》に布《し》かれあるところ、梧桐《あおぎり》の影深く四方竹の色ゆかしく茂れるところなど※[#「螢」の「虫」に代えて「糸」、第3水準1−90−16]《めぐ》り繞《めぐ》り過ぎて、小《ささ》やかなる折戸を入れば、花もこれというはなき小庭のただものさびて、有楽形《うらくがた》の燈籠《とうろう》に松の落葉の散りかかり、方星宿《ほうせいしゅく》の手水鉢《ちょうずばち》に苔《こけ》の蒸せるが見る眼の塵《ちり》をも洗うば
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