《て》の裏《うち》の螢《ほたる》に脱去《ぬけ》られしごとき思いをなしけるが、是非なく声をあげてまた案内を乞うに、口ある人のありやなしや薄寒き大寺の岑閑《しんかん》と、反響《ひびき》のみはわが耳に堕《お》ち来れど咳声《しわぶき》一つ聞えず、玄関にまわりてまた頼むといえば、先刻《さき》見たる憎げな怜悧小僧《りこうこぼうず》のちょっと顔出して、庫裡へ行けと教えたるに、と独語《つぶや》きて早くも障子ぴしゃり。
 また庫裡に廻りまた玄関に行き、また玄関に行き庫裡に廻り、ついには遠慮を忘れて本堂にまで響く大声をあげ、頼む頼むお頼申すと叫べば、其声《それ》より大《でか》き声を発《いだ》して馬鹿めと罵《ののし》りながら為右衛門ずかずかと立ち出で、僮僕《おとこ》どもこの狂漢《きちがい》を門外に引き出《いだ》せ、騒々しきを嫌いたまう上人様に知れなば、我らがこやつのために叱らるべしとの下知《げじ》、心得ましたと先刻《さき》より僕人部屋《おとこべや》に転《ころ》がりいし寺僕《おとこ》ら立ちかかり引き出さんとする、土間に坐り込んで出《いだ》されじとする十兵衛。それ手を取れ足を持ち上げよと多勢《おおぜい》口々に罵
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