に一つ批点を打つべきところあろうはずなく、五十畳敷|格天井《ごうてんじょう》の本堂、橋をあざむく長き廻廊、幾部《いくつ》かの客殿、大和尚が居室《いま》、茶室、学徒|所化《しょけ》の居るべきところ、庫裡《くり》、浴室、玄関まで、あるは荘厳を尽しあるは堅固を極《きわ》め、あるは清らかにあるは寂《さ》びておのおのそのよろしきに適《かな》い、結構少しも申し分なし。そもそも微々たる旧基を振るいてかほどの大寺を成せるは誰ぞ。法諱《おんな》を聞けばそのころの三歳児《みつご》も合掌礼拝すべきほど世に知られたる宇陀《うだ》の朗円上人《ろうえんしょうにん》とて、早くより身延《みのぶ》の山に螢雪《けいせつ》の苦学を積まれ、中ごろ六十余州に雲水の修行をかさね、毘婆舎那《びばしゃな》の三行《さんぎょう》に寂静《じゃくじょう》の慧剣《えけん》を礪《と》ぎ、四種の悉檀《しったん》に済度の法音を響かせられたる七十有余の老和尚、骨は俗界の葷羶《くんせん》を避くるによって鶴《つる》のごとくに痩《や》せ、眼《まなこ》は人世《じんせい》の紛紜《ふんうん》に厭《あ》きて半ば睡《ねむ》れるがごとく、もとより壊空《えくう》の理を諦
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