気なしの様はつくれど、憎いほど烏黒《まっくろ》にて艶ある髪の毛の一[#(ト)]綜《ふさ》二綜|後《おく》れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかかれる趣きは、年増嫌《としまぎら》いでも褒《ほ》めずにはおかれまじき風体、わがものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢《しれもの》が随分頼まれもせぬ詮議《せんぎ》を蔭《かげ》ではすべきに、さりとは外見《みえ》を捨てて堅義を自慢にした身の装《つく》り方、柄の選択《えらみ》こそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟《しゅすえり》かけたを着てどこに紅《べに》くさいところもなく、引っ掛けたねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]ばかりは往時《むかし》何なりしやら疎《あら》い縞《しま》の糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来た奴《やつ》なるべし。
今しも台所にては下婢《おさん》が器物《もの》洗う音ばかりして家内静かに、ほかには人ある様子もなく、何心なくいたずらに黒文字を舌端《したさき》で嬲《なぶ》り躍《おど》らせなどしていし女、ぷつりとそれを噛《か》み切ってぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火|体《てい》よく埋《い》け、芋籠《いもかご》より小巾《こぎれ
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