この時虫が知らせでもしたようにふと振返《ふりかえ》って見た。途端《とたん》に罪の無い笑は二人の面に溢《あふ》れて、そして娘の歩《あし》は少し疾《はや》くなり、源三の歩《あし》は大《おおい》に遅《おそ》くなった。で、やがて娘は路《みち》――路といっても人の足の踏《ふ》む分だけを残して両方からは小草《おぐさ》が埋《うず》めている糸筋《いとすじ》ほどの路へ出て、その狭《せま》い路を源三と一緒《いっしょ》に仲好く肩を駢《なら》べて去った。その時やや隔《へだ》たった圃の中からまた起った歌の声は、
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わたしぁ桑摘む主ぁ※[#「坐+りっとう」、第3水準1−14−62、55−3]まんせ、春蚕上簇れば二人着る。
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という文句を追いかけるように二人の耳へ送った。それは疑いも無くお近の声で、わざと二人に聞かせるつもりで唱ったらしかった。
その二
「よっぽど此村《こっち》へは来なかったネ。」
と、浅く日の射《さ》している高い椽側《えんがわ》に身を靠《もた》せて話しているのはお浪で、此家《ここ》はお浪の家《うち》なのである。お浪の家は村で指折《ゆびおり
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