早く出てお出《い》でなネ。ホホわたし達が居るものだから羞《はずか》しがって、はにかんでいるの。ホホホ、なおおかしいよこの人は。」
と揶揄《からか》ったのは十八九のどこと無く嫌味《いやみ》な女であった。
源三は一向|頓着《とんじゃく》無く、
「何云ってるんだ、世話焼め。」
と口の中《うち》で云い棄《す》てて、またさっさと行き過ぎようとする。圃の中からは一番最初の歌の声が、
「何だネお近《ちか》さん、源三さんに託《かこつ》けて遊んでサ。わたしやお前はお浪さんの世話を焼かずと用さえすればいいのだあネ。サアこっちへ来てもっとお採《と》りよ。」
と少し叱《しか》り気味《ぎみ》で云うと、
「ハイ、ハイ、ご道理《もっとも》さまで。」
と戯《たわむ》れながらお近はまた桑を採りに圃へ入る。それと引違えて徐《しずか》に現れたのは、紫《むらさき》の糸のたくさんあるごく粗《あら》い縞《しま》の銘仙《めいせん》の着物に紅気《べにっけ》のかなりある唐縮緬《とうちりめん》の帯を締《し》めた、源三と同年《おないどし》か一つも上であろうかという可愛《かわい》らしい小娘である。
源三はすたすたと歩いていたが、ちょうど
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