とは違《ちが》った声で、
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桑は摘みたし梢《こずえ》は高し、
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と唄い出したが、この声は前のように無邪気《むじゃき》に美しいのでは無かった。そうするとこれを聞いたこなたの汚《きたな》い衣服《なり》の少年は、その眼鼻立《めはなだち》の悪く無い割には無愛想《ぶあいそう》で薄淋《うすさみ》しい顔に、いささか冷笑《あざわら》うような笑《わらい》を現わした。唱《うた》の主《ぬし》はこんな事を知ろうようは無いから、すぐと続いて、
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誰に負われて摘んで取ろ。
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と唄い終ったが、末の摘んで取ろの一句だけにはこちらの少年も声を合わせて弥次馬《やじうま》と出掛《でか》けたので、歌の主は吃驚《びっくり》してこちらを透《す》かして視《み》たらしく、やがて笑いを帯びた大きな声で、
「源三《げんぞう》さんだよ、憎《にく》らしい。」
と誰に云ったのだか分らない語《ことば》を出しながら、いかにも蓮葉《はすは》に圃《はたけ》から出離れて、そして振り返って手招《てまね》ぎをして、
「源三さんだって云えば、お浪《なみ》さん。
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