摘《つ》みながら歌を唄《うた》っていて、今しも一人《ひとり》が、
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わたしぁ桑摘む主《ぬし》ぁ※[#「坐+りっとう」、第3水準1−14−62、52−2]《きざ》まんせ、春蚕《はるご》上簇《あが》れば二人《ふたり》着る。
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と唱い終ると、また他の一人が声張り上げて、
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桑を摘め摘め、爪紅《つまべに》さした 花洛《みやこ》女郎衆《じょろしゅ》も、桑を摘め。
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と唱ったが、その声は実に前の声にも増して清い澄《す》んだ声で、断《た》えず鳴る笛吹川の川瀬《かわせ》の音をもしばしは人の耳から逐《お》い払ってしまったほどであった。
これを聞くとかの急ぎ歩《あし》で遣って来た男の児はたちまち歩みを遅《おそ》くしてしまって、声のした方を見ながら、ぶらりぶらりと歩くと、女の児の方では何かに打興《うちきょう》じて笑い声を洩《も》らしたが、見る人ありとも心付かぬのであろう、桑の葉《は》越《ごし》に紅いや青い色をちらつかせながら余念も無しに葉を摘むと見えて、しばしは静《しずか》であったが、また前の二人《ふたり》
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