び》を抛《ほう》り捨ててしまって、吾家《わがや》を指して立帰った。そして自分の出来るだけ忠実《まめやか》に働いて、叔父が我が挙動《しうち》を悦んでくれるのを見て自分も心から喜ぶ余りに、叔母の酷《むご》さをさえ忘れるほどであった。それで二度までも雁坂越をしようとした事はあったのであるが、今日まで噫《おくび》にも出さずにいたのであった。
 ただよく愛するものは、ただよく解するものである。源三が懐《いだ》いているこういう秘密を誰から聞いて知ろうようも無いのであるが、お浪は偶然にも云い中《あ》てたのである。しかし源三は我が秘密はあくまでも秘密として保って、お浪との会話《はなし》をいい程《ほど》のところに遮《さえぎ》り、余り帰宅《かえり》が遅くなってはまた叱られるからという口実のもとに、酒店《さかや》へと急いで酒を買い、なお村の尽頭《はずれ》まで連れ立って来たお浪に別れて我が村へと飛ぶがごとくに走り帰った。

   その四

 ちょうどその日は樽《たる》の代り目で、前の樽の口のと異《ちが》った品ではあるが、同じ価《ね》の、同じ土地で出来た、しかも質《もの》は少し佳《よ》い位のものであるという酒店
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