っと視《み》ていたが、堰《せ》きあえぬ涙《なみだ》を払《はら》った手の甲を偶然《ふっと》見ると、ここには昨夜《ゆうべ》の煙管の痕《あと》が隠々《いんいん》と青く現れていた。それが眼に入るか入らぬに屹《きっ》と頭《かしら》を擡《あ》げた源三は、白い横長い雲がかかっている雁坂の山を睨《にら》んで、つかつかと山手の方へ上りかけた。しかしたちまちにして一ト歩《あし》は一ト歩より遅《おそ》くなって、やがて立止まったかと見えるばかりに緩《のろ》く緩くなったあげく、うっかりとして脱石《ぬけいし》に爪端《つまさき》を踏掛《ふんがけ》けたので、ずるりと滑《すべ》る、よろよろッと踉蹌《よろけ》る、ハッと思う間も無くクルリと転《まわ》ってバタリと倒れたが、すぐには起きも上《あェ》り得ないでまず地《つち》に手を突《つ》いて上半身を起して、見ると我が村の方はちょうど我が眼の前に在った。すると源三は何を感じたか滝《たき》のごとくに涙を墜《おと》して、ついには啜《すす》り泣《なき》して止《や》まなかったが、泣いて泣いて泣き尽《つく》した果《はて》に竜鍾《しおしお》と立上って、背中に付けていた大《おおき》な団飯《むす
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