げましょうって今まで掛《かか》って釣をしていましたよ、運が悪くって一尾《いっぴき》も釣れなかったけれども、とさもさも自分がおいらによく思われていでもするように云うのだもの、憎くって憎くってなりあしなかった。それもいいけれど、何ぞというと食い潰しって云われるなあ腹が立つよ。過日《こないだ》長六爺《ちょうろくじじい》に聞いたら、おいらの山を何町歩《なんちょうぶ》とか叔父さんが預《あず》かって持っているはずだっていうんだもの、それじゃあおいらは食潰しの事は有りあしないじゃあないか。家の用だって随分《ずいぶん》たんとしているのに、口穢《くちぎたな》く云われるのが真実《ほんと》に厭だよ。おまえの母《おっか》さんはおいらが甲府へ逃げてしまって奉公sほうこう》しようというのを止めてくれたけれども、真実《ほんと》に余所《よそ》へ出て奉公した方がいくらいいか知れやしない。ああ家に居たくない、居たくない。」
と云いながら、雲は無いがなんとなく不透明《ふとうめい》な白みを持っている柔和《やわらか》な青い色の天《そら》を、じーっと眺《なが》め詰《つ》めた。お浪もこの夙《はや》く父母《ちちはは》を失った不幸の児
前へ 次へ
全40ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング