位の狭さであつた。間《あひ》の襖を締切つて、そこに在つた小さな机の上に洋燈を置き、同じくそこに在つた小坐蒲団の上に身を置くと、初めて安堵して我に返つたやうな気がした。同時に寒さが甚く身に染《し》みて胴顫《どうぶるひ》がした。そして何だかがつかりしたが、漸く落ついて来ると、□□さんと自分の苗字を云はれたのが甚く気になつた。若僧も告げなければ自分も名乗らなかつたのであるのに、特《こと》に全くの聾になつてゐるらしいのに、何様して知つてゐたらうと思つたからである。然しそれは蔵海が指頭《ゆびさき》で談り聞かせたからであらうと解釈して、先づ解釈は済ませて仕舞つた。寝ようか、此儘に老僧の真似をして暁に達して仕舞はうかと、何か有らうと云つて呉れた押入らしいものを見ながら一寸考へたが、気がついて時計を出して見た。時計の針は三時少し過ぎであることを示してゐた。三時少し過ぎて居るから、三時少し過ぎてゐるのだ。驚くことは何も無いのだが、大器氏は又驚いた。ヂッと時計の文字盤を見詰めたが、遂に時計を引出して、洋燈の下、小机の上に置いた。秒針はチ、チ、チ、チと音を立てた。音がするのだから、音が聞えるのだ。驚くことは
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