た。もとより真の已達《いたつ》の境界には死生の間にすら関所が無くなつてゐる、まして覚めて居るといふことも睡つてゐるといふことも無い、坐つて居るといふことと起きて居るといふこととは一枚になつてゐるので、比丘《びく》たる者は決して無記の睡に落ちるべきでは無いこと、仏説離睡経《ぶつせつりすゐきやう》に説いてある通りだといふことも知つて居なかつた。又いくらも近い頃の人にも、死の時のほかには脇を下に着け身を横たへて臥さぬ人の有ることをも知らなかつたのだから、吃驚《びつくり》したのは無理でも無かつた。
老僧は晩成先生が何を思つて居やうとも一切無関心であつた。
□□さん、サア洋燈を持つてあちらへ行つて勝手に休まつしやい。押入の中に何か有らうから引出して纏ひなさい、まだ三時過ぎ位のものであらうから。
ト老僧は奥を指さして極めて物静に優しく云つて呉れた。大器氏は自然に叩頭をさせられて、其言葉通りになるよりほかは無かつた。洋燈を手にしてオヅ/\立上つた。あとは復真黒闇になるのだが、そんな事を兎角云ふことは却つて余計な失礼の事のやうに思へたので、其儘に坐を立つて、襖を明けて奥へ入つた。やはり其処は六畳敷
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