い。
かうなると人間に眼の有つたのは全く余り有り難くありませんね、盲目《めくら》の方が余程重宝です、アッハヽハヽ。わたくしも大分小さな樹の枝で擦剥き疵をこしらへましたよ。アッハヽハヽ。
ト蔵海め、流石に仏の飯で三度の埒を明けて来た奴だけに大禅師らしいことを云つたが、晩成先生はたゞもうビク/\ワナ/\で、批評の余地などは、余程喉元過ぎて怖いことが糞になつた時分までは有り得はし無かつた。
路は一[#(ト)]しきり大に急になり且又|窄《せま》くなつたので、胸を突くやうな感じがして、晩成先生は遂に左の手こそは傘をつかまへて居るが、右の手は痛むのも汚れるのも厭つてなど居られないから、一歩/\に地面を探るやうにして、まるで四足獣が三足で歩くやうな体《てい》になつて歩いた。随分長い時間を歩いたやうな気がしたが、苦労には時間を長く感じるものだから実際は然程でも無かつたらう。然し一町余は上つたに違ひ無い。漸くだら/\坂になつて、上りきつたナと思ふと、
サア来ました。
ト蔵海が云つた。そして途端に持つて居た蝙蝠傘の一端を放した。で、大器氏は全く不知案内の暗中の孤立者になつたから、黙然として石の地蔵の
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