やうに身じろぎもしないで、雨に打たれながらポカンと立つて居て、次の脈搏、次の脈搏を数へるが如き心持になりつゝ、次の脈が搏つ時に展開し来る事情をば全くアテも無く待つのであつた。
若僧はそこらに何か為て居るのだらう、しばらくは消息も絶えたが、やがてガタ/\いふ音をさせた。雨戸を開けたに相違無い。それから少し経て、チッチッといふ音がすると、パッと火が現はれて、彼は一ツの建物の中の土間に踞《うづくま》つてゐて、マッチを擦つて提灯の蝋燭に火を点じやうとして居るのであつた。四五本のマッチを無駄にして、やつと火は点いた。荊棘《いばら》か山椒《さんせう》の樹のやうなもので引爬《ひつか》いたのであらう、雨にぬれた頬から血が出て、それが散つて居る、そこへ蝋燭の光の映つたさまは甚だ不気味だつた。漸く其処へ歩み寄つた晩成先生は、
怪我をしましたね、御気の毒でした。
と云ふと、若僧は手拭を出して、此処でせう、と云ひながら顔を拭いた。蚯蚓脹《みゝずば》れの少し大きいの位で、大した事では無かつた。
急いで居るからであらう、若僧は直に其手拭で泥足をあらましに拭いて、提灯を持つたまゝ、ずん/\と上り込んだ。四畳半
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