ると、若僧が先づ口をきつた。
御やすみになつてゐるところを御起しして済みませんが、夜前からの雨が彼の通り甚くなりまして、渓が俄に膨れてまゐりました。御承知でせうが奥山の出水《でみづ》は馬鹿に疾《はや》いものでして、もう境内にさへ水が見え出して参りました。勿論水が出たとて大事にはなりますまいが、此地《こゝ》の渓川の奥入《おくいり》は恐ろしい広い緩傾斜《くわんけいしや》の高原なのです。むかしはそれが密林だつたので何事も少かつたのですが、十余年前に悉く伐採したため禿げた大野になつて仕舞つて、一[#(ト)]夕立しても相当に渓川が怒るのでして、既に当寺の仏殿は最初の洪水の時、流下して来た巨材の衝突によつて一角が壊《やぶ》れたため遂に破壊して仕舞つたのです。其後は上流に巨材などは有りませんから、水は度※[#二の字点、1−2−22]出ても大したことも無く、出るのが早い代りに退《ひ》くのも早くて、直に翌日《あくるひ》は何の事も無くなるのです。それで昨日からの雨で渓川はもう開きましたが、水は何の位で止まるか予想は出来ません。しかし私共は慣れても居りますし、此処を守る身ですから逃げる気も有りませんが、貴
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