ヅ/\シク/\、いろ/\な事をして騒ぎ廻つたりした一切の音声《おんじやう》も、それから馬が鳴き牛が吼《ほ》え、車ががたつき、汽車が轟き、汽船が浪を蹴開く一切の音声も、板の間へ一本の針が落ちた幽かな音も、皆残らず一緒になつて彼のザアッといふ音の中に入つて居るのだナ、といふやうな気がしたりして、そして静かに諦聴《たいちやう》すると分明《ぶんみやう》に其の一ツのザアッといふ音にいろ/\の其等の音が確実に存して居ることを認めて、アヽ然様だつたかナ、なんぞと思ふ中に、何時か知らずザアッといふ音も聞え無くなり、聞く者も性が抜けて、そして眠に落ちた。
俄然として睡眠は破られた。晩成先生は眼を開くと世界は紅い光や黄色い光に充たされてゐると思つたが、それは自分の薄暗いと思つてゐたのに相異して、室の中が洋燈も明るくされてゐれば、又其|外《ほか》に提灯なども吾が枕辺に照されてゐて、眠に就いた時と大に異なつて居たのが寝惚眼に映つたからの感じであつた事が解つた。が、見れば和尚も若僧も吾が枕辺に居る。何事が起つたのか、其の意味は分らなかつた。けゞんな心持がするので、頓《とみ》には言葉も出ずに起直つたまゝ二人を見
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