らないと思ひ返して眠らうとしたけれども、やはり眠に落ちない。雨は恐ろしく降つて居る。恰も太古から尽未来際《じんみらいざい》まで大きな河の流が流れ通してゐるやうに雨は降り通して居て、自分の生涯の中の或日に雨が降つて居るのでは無くて、常住不断の雨が降り通して居る中に自分の短い生涯が一寸|挿《はさ》まれて居るものでゞもあるやうに降つて居る。で、それが又気になつて睡れぬ。鼠が騒いで呉れたり狗《いぬ》が吠えて呉れたりでもしたらば嬉しからうと思ふほど、他には何の音も無い。住持も若僧も居ないやうに静かだ。イヤ全く吾が五官の領する世界には居無いのだ。世界といふ者は広大なものだと日頃は思つて居たが、今は何様だ、世界はたゞ是れ
ザアッ
といふものに過ぎないと思つたり、又思ひ反して、此のザアッといふのが即ち是れ世界なのだナと思つたりしてゐる中に、自分の生れた時に初めて拳げたオギャア/\の声も他人の※[#「囗<力」、159−上−1]地《ぎやつと》云つた一声も、それから自分が書《ほん》を読んだり、他の童子《こども》が書を読んだり、唱歌をしたり、嬉しがつて笑つたり、怒つて怒鳴つたり、キャア/\ガン/\ブン/\グ
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