も無しに碩学《せきがく》の講義を聴いたり、豊富な図書館に入つたり、雑事に侵されない朝夕の時間の中に身を置いて十分に勉強することの出来るのを何よりも嬉しいことに思ひながら、所謂「勉学の佳趣」に浸り得ることを満足に感じてゐた。そして他の若い無邪気な同窓生から大器晩成先生などといふ諢名《あだな》、それは年齢の相違と年寄じみた態度とから与へられた諢名を、臆病臭い微笑でもつて甘受しつゝ、平然として独自一個の地歩を占めつゝ在学した。実際大器晩成先生の在学態度は、其の同窓間の無邪気な、言ひ換れば低級で且つ無意味な飲食の交際や、活溌な、言ひ換れば青年的勇気の漏洩に過ぎぬ運動遊戯の交際に外《はづ》れることを除けば、何人にも非難さるべきところの無い立派なものであつた。で、自然と同窓生も此人を仲間はづれにはしながらも内※[#二の字点、1−2−22]は尊敬するやうになつて、甚だしい茶目吉一二人のほかは、無言の同情を寄せるに吝《やぶさか》では無かつた。
ところが晩成先生は、多年の勤苦が酬ひられて前途の平坦光明が望見せらるゝやうになつた気の弛《ゆる》みの為か、或は少し度の過ぎた勉学の為か何か知らぬが気の毒にも不
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