、しかしテキパキした態度で、かの提灯を持って土間へ下り、蓑笠《みのがさ》するや否や忽《たちま》ち戸外《そと》へ出て、物静かに戸を引寄せ、そして飛ぶが如くに行ってしまった。
大噐氏は実に稀有《けう》な思《おもい》がした。この老僧は起きていたのか眠っていたのか、夜中《やちゅう》真黒《まっくら》な中に坐禅ということをしていたのか、坐りながら眠っていたのか、眠りながら坐っていたのか、今夜だけ偶然にこういう態《てい》であったのか、始終こうなのか、と怪《あやし》み惑《まど》うた。もとより真の已達《いたつ》の境界《きょうがい》には死生の間《かん》にすら関所がなくなっている、まして覚めているということも睡《ねむ》っているということもない、坐っているということと起きているということとは一枚になっているので、比丘《びく》たる者は決して無記《むき》の睡《ねむり》に落ちるべきではないこと、仏説離睡経《ぶっせつりすいきょう》に説いてある通りだということも知っていなかった。またいくらも近い頃の人にも、死の時のほかには脇を下に着け身を横たえて臥《ふ》さぬ人のあることをも知らなかったのだから、吃驚《びっくり》したの
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