僧の坐辺《ざへん》の洋燈《ランプ》を点火すると、蔵海は立返って大噐氏を上へ引《ひき》ずり上げようとした。大噐氏は慌《あわ》てて足を拭《ぬぐ》って上ると、老僧はジーッと細い眼を据えてその顔を見詰めた。晩成先生は急に挨拶の言葉も出ずに、何か知らず叮嚀《ていねい》に叩頭《おじぎ》をさせられてしまった。そして頭《かしら》を挙げた時には、蔵海は頻《しき》りに手を動かして麓《ふもと》の方の闇を指したり何かしていた。老僧は点頭《うなず》いていたが、一語をも発しない。
蔵海はいろいろに指を動かした。真言宗《しんごんしゅう》の坊主の印《いん》を結ぶのを極めて疾《はや》くするようなので、晩成先生は呆気《あっけ》に取られて眼ばかりパチクリさせていた。老僧は極めて徐《しず》かに軽く点頭《うなず》いた。すると蔵海は晩成先生に対《むか》って、
このかたは耳が全く聞えません。しかし慈悲の深い方ですから御安心なさい。ではわたくしは帰りますから。
トいって置いて、初《はじめ》の無遠慮な態度とはスッカリ違って叮嚀《ていねい》に老僧に一礼した。老僧は軽く点頭《うなず》いた。大噐氏にちょっと会釈するや否や、若僧は落付いた
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