に脚の指を突掛《つっか》けて、危く大噐氏は顛倒しそうになって若僧に捉《つか》まると、その途端に提灯はガクリと揺《ゆら》めき動いて、蓑の毛に流れている雨の滴《しずく》の光りをキラリと照らし出したかと思うと、雨が入ったか滴がかかったかであろう、チュッといって消えてしまった。風の音、雨の音、川鳴の音、樹木の音、ただもう天地はザーッと、黒漆《こくしつ》のように黒い闇の中に音を立てているばかりだ。晩成先生は泣きたくなった。
ようございます、今更帰れもせず、提灯を点火《つけ》ることも出来ませんから、どうせ差しているのではないその蝙蝠傘《こうもり》をお出しなさい。そうそう。わたくしがこちらを持つ、貴方《あなた》はそちらを握って、決して離してはいけませんよ。闇でもわたしは行けるから、恐れることはありません。
ト蔵海先生|実《じつ》に頼もしい。平常は一[#(ト)]通りの意地がなくもない晩成先生も、ここに至って他力宗《たりきしゅう》になってしまって、ただもう世界に力とするものは蝙蝠傘《こうもり》一本、その蝙蝠傘《こうもり》のこっちは自分が握っているが、むこうは真の親切者が握っているのだか狐狸《こり》が握
前へ
次へ
全44ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング