先へ立った。提灯の火はガランとした黒い大きな台所に憐れに小さな威光を弱※[#二の字点、1−2−22]と振った。外は真暗《まっくら》で、雨の音は例の如くザアッとしている。
 気をつけてあげろ、ナ。
と和尚は親切だ。高※[#二の字点、1−2−22]《たかだか》とズボンを捲《まく》り上げて、古草鞋《ふるわらじ》を着けさせられた晩成|子《し》は、何処《どこ》へ行くのだか分らない真黒暗《まっくらやみ》の雨の中を、若僧に随《したが》って出た。外へ出ると驚いた。雨は横振《よこぶ》りになっている、風も出ている。川鳴《かわなり》の音だろう、何だか物凄《ものすご》い不明の音がしている。庭の方へ廻ったようだと思ったが、建物を少し離れると、なるほどもう水が来ている。足の裏が馬鹿に冷《つめた》い。親指が没する、踝《くるぶし》が没する、脚首《あしくび》が全部没する、ふくら脛《はぎ》あたりまで没すると、もうなかなか渓《たに》の方から流れる水の流れ勢《ぜい》が分明にこたえる。空気も大層冷たくなって、夜雨《やう》の威がひしひしと身に浸みる。足は恐ろしく冷い。足の裏は痛い。胴ぶるいが出て来て止まらない。何か知らん痛いもの
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