他領を通過しようという時などは、恩も仇《あだ》もある訳は無い無関係の将士に対して、民衆は剽盗《ひょうとう》的の行為に出ずることさえある。遠く源平時代より其証左は歴々と存していて、特《こと》に足利《あしかが》氏中世頃から敗軍の将士の末路は大抵土民の為に最後の血を瀝尽《れきじん》させられている。ひとり明智光秀が小栗栖《おぐるす》長兵衛に痛い目を見せられたばかりでは無い。斯様いうように民衆も中々手強くなっているのだから、不人望の資産家などの危険は勿論の事想察に余りある。其代り又|手苛《てひど》い領主や敵将に出遇《であ》った日には、それこそ草を刈るが如くに人民は生命も取られれば財産も召上げられて終《しま》う。で、つまり今の言葉で云う搾取階級も被搾取階級も、何れも是れも「力の発動」に任せられていた世であった。理屈も糸瓜《へちま》も有ったものでは無かった。債権無視、貸借関係の棒引、即ち徳政はレーニンなどよりずっと早く施行された。高師直《こうのもろなお》に取っては臣下の妻妾《さいしょう》は皆自己の妻妾であったから、師直の家来達は、御主人も好いけれど女房の召上げは困ると云ったというが、武田信玄になると
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