もこれを聞いて解った。成程我が主人は信長公の婿だ、今|遽《にわか》に関白に楯突《たてつ》こうようはあるまいが、云わば秀吉は家来筋だ、秀吉に何事か有らば吾《わ》が主人が手を天下に掛けようとしたとて不思議は無い、男たる者の当り前だ、と悟るに付けて斯様な草深い田舎に身柄と云い器量と云い天晴《あっぱれ》立派な主人が埋められかかったのを思うと、凄然《せいぜん》惻然《そくぜん》として家勝も悲壮の感に打たれない訳には行かなかったろう。主人の感慨、家臣の感慨、粛として秋の気は坐前坐後に満ちたが、月は何知らず冷やかに照って居た。
 氏郷が会津四十二万石を受けて悦《よろこ》ばずに落涙したというのは何という味のある話だろう。鼻糞《はなくそ》ほどのボーナスを貰ってカフェーへ駈込んだり、高等官になったとて嚊殿《かかあどの》に誇るような極楽蜻蛉《ごくらくとんぼ》、菜畠蝶々《なばたけちょうちょう》に比べては、罪が深い、無邪気で無いには違い無いが、氏郷の感慨の涙も流石《さすが》に氏郷の涙だと云いたい。それだけに生れついて居るものは生れついているだけの情懐が有る。韓信が絳灌樊※[#「口+會」、第3水準1−15−25]《
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