りの士とは云え、戦乱の世に於て之を説くことが出来たと云えば修養の程も思う可き立派な文武の達人だ。此の一鉄と信長とが、四方の経略、天下の仕置を談論していた。夜は次第に更けたが、談論は尽きぬ。もとより機密の談《はなし》だから雑輩は席に居らぬ。燭《しょく》を剪《き》り扇を揮《ふる》って論ずる物静かに奥深き室の夜は愈々更けて沈々となった。一鉄がフト気がついて見ると、信長の坐を稍々《やや》遠く離れて蒲生の小伜が端然と坐っていた。坐睡《いねむり》をせぬまでも、十三歳やそこらの小童《こわっぱ》だから、眼の皮をたるませて退屈しきって居るべき筈だのに、耳を傾け魂を入れて聞いて居た様子は、少くとも信長や自分の談論が解って、そして其上に興味を有《も》っているのだ。流石《さすが》に武勇のみでない一鉄だから人を鑑識する道も知っている。ヤ、こりゃ偉い物だぞ、今の年歯で斯様では、と感歎《かんたん》して、畏《おそ》るべし、畏るべし、此児の行末は百万にも将たるに至ろう、と云ったという。随分|怜悧《りこう》な芸妓《げいしゃ》でも、可《い》い加減に年を取った髯面《ひげづら》野郎でも、相手にせずに其処へ坐らせて置いて少し上品
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