な談話でも仕て居ると、大抵の者は自分は自分だけの胸の中で下らぬ事を考えて居るか坐睡《いねむ》り[#ルビの「いねむ」は底本では「いねむり」]したりするものである。鶴千代丸の此事のあったのは、ただ者で無いことを語っている。一鉄の眼に入ったほどのものが、信長の胸に映らぬことは無い。おまけに信長は人を試みるのが嫌いでは無い男で、森蘭丸の正直か不正直かを試みた位であるから、何ぞに附けて鶴千代丸を確《しか》と見定めるところがあって、そして吾《わ》が婿にと惚《ほ》れ込んだのであろう。
鶴千代丸は信長一鉄の鑑識に負《そむ》かなかった。十四歳の八月の事である。信長が伊勢の国司の北畠と戦った時、鶴千代丸は初陣をした。蒲生家の覚えの勇士の結解《けっかい》十郎兵衛、種村伝左衛門という二人にも先んじて好い敵の首を取ったので、鶴千代丸に付置かれた二人は面目無いやら嬉しいやらで舌を巻いた。信長も大感悦で手ずから打鮑《うちあわび》を取って賜わったが、そこで愈々《いよいよ》其歳の冬十二になる女子を与えて岐阜で式を行い、其女子に乳人《めのと》加藤次兵衛を添えて、十四と十二の夫婦を日野の城へと遣った。もはや人質では無く、
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