からず、信長が婿にせん、と云ったのである。これは賢秀の心を攬《と》る為に云ったのでは無く、其翌年鶴千代丸に元服をさせて、信長の弾正《だんじょう》[#(ノ)]忠《ちゅう》の忠の字に因《ちな》み、忠三郎|秀賦《ひでます》と名乗らせて、真に其言葉通り婿にしたのである。目つきは成程其人を語るが、信長が人相の術を知って居た訳では無い、十三歳の子供の目つきだけでは婿に取るとまでは惚《ほ》れないだろうが、別に斯様《こう》いうことが伝えられている。それは鶴千代丸は人質の事ゆえ町野左近という者が附人として信長居城の岐阜へ置かれた。或時稲葉一鉄が来て信長と軍議に及んだ。一鉄は美濃三人衆の第一で、信長が浅井朝倉を取って押えるに付けては大功を立てて居る、大剛にして武略も有った一将だ。然し信長に取っては外様《とざま》なので、後に至って信長が其将材を憚《はばか》って殺そうとした位だ。ところが茶室に懸って居た韓退之の詩の句を需《もと》められるままに読み且つ講じたので、物陰でそれを聞いた信長が感じて殺さずに終《しま》ったのである。詩の句は劇的伝説を以て名高い雲横雪擁の一|聯《れん》で有ったと伝えられて居るが、坊主かえ
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