冷くて活気の乏しい水のような代もある。其中で沸り立ったような代のさまを観たり語ったりするのも、又面白くないこともあるまい。細かいことを語る人は今少く無い。で、別に新らしい発見やなんぞが有る訳では無いが、たまの事であるから、沸った世の巨人が何様《どん》なものだったかと観たり語ったりしても、悪くはあるまい。蠅の事に就いて今挙げた片倉小十郎や伊達政宗に関聯《かんれん》して、天正十八年、陸奥《むつ》出羽《でわ》の鎮護の大任を負わされた蒲生氏郷《がもううじさと》を中心とする。
 歴史家は歴史家だ、歴史家くさい顔つきはしたくない。伝記家と囚《とら》われて終《しま》うのもうるさい。考証家、穿鑿《せんさく》家、古文書いじり、紙魚《しみ》の化物と続西遊記に罵《ののし》られているような然様《そう》いう者の真似もしたくない。さればとて古い人を新らしく捏直《こねなお》して、何の拠り処もなく自分勝手の糸を疝気《せんき》筋に引張りまわして変な牽糸傀儡《あやつりにんぎょう》を働かせ、芸術家らしく乙に澄ますのなぞは、地下の枯骨に気の毒で出来ない。おおよそは何かしらに拠って、手製の万八《まんぱち》を無遠慮に加えず、斯様
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