やなんぞに日を暮したとて、尤《もっとも》千万なことで、其人に取ってはそれだけの価のあること、細菌学者が顕微鏡を覗いているのが立派な事業で有ると同様であろう。が、世の中はお半や長右衛門、おべそや甘郎《あまろう》ばかりで成立って居る訳でも無く、バチルスやヒドラのみの宇宙でも無い。獅子《しし》や虎のようなもの、鰐魚《わに》や鯱鉾《しゃちほこ》のようなものもあり、人間にも凡物で無い非凡な者、悪く云えばひどい奴、褒めて云えば偉い者もあり、矮人《わいじん》や普通人で無い巨人も有り、善なら善、悪なら悪、くせ者ならくせ者で勝《すぐ》れた者もある。それ等の者を語ったり観たりするのも、流行《はや》る流行らぬは別として、まんざら面白くないこともあるまい。また人の世というものは、其代々で各々異なって居る。自然そのままのような時もある、形式ずくめで定《き》まりきったような時もある、悪く小利口な代もある、情慾崇拝の代もある、信仰|牢固《ろうこ》の代もある、だらけきったケチな時代もある、人々の心が鋭く強くなって沸《たぎ》りきった湯のような代もある、黴菌《ばいきん》のうよつくに最も適したナマヌルの湯のような時もある、
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