かかる事も有り得べきではある。毒がいは毒飼で、毒害は却《かえ》ってアテ字である、其毒飼という言葉が時代の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にお》いを表現している通り、此時代には毒飼は頻々として行われた。けれども毒飼は最もケチビンタな、蝨《しらみ》ッたかりの、クスブリ魂の、きたない奸人《かんじん》小人|妬婦《とふ》悪婦の為すことで、人間の考え出したことの中で最も醜悪卑劣の事である。自死に毒を用いるのは耻辱《ちじょく》を受けざる為で、クレオパトラの場合などはまだしも恕《じょ》すべきだが、自分の利益の為に他を犠牲にして毒を飼う如きは何という卑しいことだろう。それでも当時は随分行われたことであるから、これに対する用心も随《したが》って存したことで、治世になっても身分のある武士が印籠《いんろう》の根付にウニコールを用いたり、緒締《おじめ》に珊瑚珠《さんごじゅ》を用いた如きも、珊瑚は毒に触るれば割れて警告を与え、ウニコールは解毒の神効が有るとされた信仰に本づく名残りであった。宝心丹は西大寺から出た除毒催吐の効あるものとして、其頃用いられたものと見える。扨《さて》此の毒飼の事が実に存し
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