当時、もとより主従は一列にさるべきものでは無い。多分政宗方では物柔らかに其他意無きを示して、書院で饗応《きょうおう》でも仕たろうが、鎧武者《よろいむしゃ》を七人も八人も数寄屋に請ずることは出来もせぬことであり、主従の礼を無視するにも当るから、御免|蒙《こうむ》ったろう。扨《さて》政宗出坐して氏郷を請じ入れ、時勢であるから茶談軍談|取交《とりま》ぜて、寧《むし》ろ軍事談の方を多く会話したろうが、此時氏郷が、佐沼への道の程に一揆《いっき》の城は何程候、と前路の模様を問うたに対し、政宗は、佐沼へは是より田舎町(六町程|歟《か》)百四十里ばかりにて候、其間に一揆の籠《こも》りたる高清水と申すが佐沼より三十里|此方《こなた》に候、其の外には一つも候わず、と謀《はか》るところ有る為に偽りを云ったと蒲生方では記している。殊更に虚言を云ったのか、精《くわ》しく情報を得て居なかったのか分らぬ。次いで起る事情の展開に照らして考えるほかは無い。然《さ》候わば今日道通りの民家を焼払わしめ、明日は高清水を踏潰《ふみつぶ》し候わん、と氏郷は云ったが、目論見《もくろみ》の齟齬《そご》した政宗は無念さの余りに第二の一
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