日も驟雨的の雨が颯然《さつ》と降り澆《そゝ》いだ。山間の私雨《わたくしあめ》といふ言葉は實に斯樣《かう》いふのをいふのであらう。我等は此地《こゝ》の探勝を他日の樂みにして復《ふたゝ》び車上の人となつた。それより船生《ふにふ》、玉生《たまにふ》、田所《たどころ》の地を矢板へ走らせて、それから那須野が原の一部分を突破し、關谷から山へ入つて鹽原へ行かうといふのである。
車を出すとやがて驟雨は沛然《はいぜん》として到つた。爽快を呼んで走ると、船生に到る頃に止んだ。船生は知人の經營した銅山の所在地で、地名だけは自分も親しみを有《も》つてゐたが、山岳地ではない、むしろ平野の地であつた。玉生もその他も山といふほどのものはない。矢板へは僅かの間に着いた。矢板から那須野へとかゝる頃に、雨はまた來つた。那須野が原へかかつて雨煙が野を籠めて路に塵も無く、一路坦々、砥《と》の如く平らかに矢の如く直《なほ》くして、目地《めぢ》遙かに人影を見ざる中を、可なりの速力で駛らせると、恰も活動寫眞を觀るが如くに遠くの小さな物が忽ち中位になり、大きくなつて、そして飛ぶやうに背後《うしろ》へ、抛《な》げ遣《や》るが如くに過
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