らうと思はれる。
 車は高徳、大原を經て、遙に左方對岸に鬼怒川發電の設備を見、それから鬼怒川に架つてゐるよぼ/\橋を渡りかゝつた。橋上の眺めは左右に岸壁を見、白沫立《しらあわだ》つてたぎり流るゝ川に臨むのであるから、緑蔭水聲、おのづから兩袖に清風を湧かす概があつて、名も餘り高く無いところだが、小じんまりして溪谷美のあることを感じさせられる。橋を渡ると下瀧温泉の旅舍があつて、溪《たに》に臨んで樓を起してゐる。われ等は此處の草分の麻屋といふに投じて晝餐を取つた。
 樓上の一室の欄に※[#「馮/几」、第4水準2−3−20]ると、溪は目の下に白くなり碧くなつて流れてゐる。水聲は中々激しくて、川といはうよりは瀧といつた方が好い位であり、成程「瀧」といふ地名も名詮自性であると首肯《うなづ》かせた。下瀧より少し上に河一體が大瀧になつてゐるのが眞白に見えて、そこより上は上瀧と小名《こな》に呼ぶところだ。川上は高原、鷄頂の諸山が聳えて、海拔はさほどに高いところでは無いが山懷の窄《せま》いところを鬼怒川が怒流してゐるので氣流の加減によつてか、他處では雨が無かつたのに、聞けば毎日雨があつたといふことで、この
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