》などもしたのであらう、弘法の文にもはやくその洒落《しやれ》が見えてゐる。とにかく勝道上人のおかげで好い山が開けたものであるから、感謝の情を起さずにはゐられない。
堂を出て心づくのは、華嚴の瀧に飛び込んだ馬鹿者どものために供養塔が建てられたり、地藏尊がきざまれたりしてゐることである。これは死者をかなしむ美しい人情のあらはれであるが、死者は眞に人をわづらはし地を汚したものである。死にたくなるには何《いづ》れそれだけの事由《わけ》があつてだらうから、一概に罵倒したくも無いことでは有るが、同胞の一人が飛び込んだとすると、さあ大變だ、大騷ぎをしてその死骸を搜し出す、それ/″\の公私手續きを取る、その面倒さは一通りのもので無い。死んだ人は彼《あ》の恐ろしい瀧の中へ飛込んだなら一切この世とは連絡が絶えてしまふ位に考へてでも有らうが、何樣《どう》してそんなに容易に一切が水の泡となるものでは無い。瀧壺は三十何尺の深さが有つても、屍骸を食つて消化するのでも何でも無いから、必ず之を吐き出す。大勢の土地の人々は必ず之を見付け出す。見るも物憂い醜い屍は、煩雜な手續きを經て後に適法に處理される。その厄介を人々
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