一銭つかはで是ほど面白く風情ありしことを知らず、もたれたる遊びに金銭を費して無益の年月を送りけるよと、今ぞ心のほこりを掃ひける。それより起き慣れて、朝々座敷を掃ひ庭の塵を取り、身をまめに動かせば、朝飯も自らすゝみ、むかしの痞《つかへ》を忘れて無病の楽みを知りぬ。これ皆朝顔のおかげといたく愛して翌年の夏に至りけるに、去年の花より多くの種残りて、さりとは数多《あまた》生ひ出で、蔓の頃はさぞかしと思ひやらる。男つく/″\おもふに、唯ひともとの草なりしも其種のたゞ一ト年にてかく多くひろがること、まことに驚くべし、初はわづかの雫、末に至りては大河をなし海をなすといへる譬喩《たとへ》も目前なり、此道理にて我今少しの元手なれども一稼ぎ働かば以前の大身代に立戻らんこと遠きにあらじ、さても用無き隠者がゝりかなと悟り、即日《そのひ》に金子預け置きたる方へことわりを云ひこみ、密々に商ひを見立つるに、とかく大廻しの船の利あるに及ぶものなし、勿論《もとより》海上のおそれあることながら、綱碇を丈夫にして檜木造りにする上は難風を乗り逃るゝたよりあるべき事古き沖船頭の言ふところ虚妄《いつはり》ならざるべしと考へ定め、
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