なでしこは野のもの勝れたり。草多くしげれるが中に此花の咲きたる、或は水乾きたる河原などに咲きたる、道ゆくものをして思はずふりかへりて優しの花やと独りごたしむ。馬飼ふべき料にとて賤の子が苅りて帰る草の中に此花の二ツ三ツ見えたるなど、誰か歌ごゝろを起さゞるべき。

      豆花

 豆の花は皆やさし。そらまめのは其色を嫌ふ人もあるべけれど、豌豆のは誰か其姿を愛でざらむ。鵲豆《ふぢまめ》のは殊にめでたし。何とて都の人はかゝる花実共によきものを植ゑざるならん。花の色白きも紫なるもをかし。歌人の知らず顔にて千年あまり経たる、更に心得ず。我がひが心の好みにや。

      紫薇

 猿滑りとは其幹の攀ぢがたく見ゆるよりの名なるべく、百日紅と呼び半年花と呼ぶは其花の盛り久しきよりの称なるべし。雲の峯の天にいかめしくて、磧礫《こいし》も火炎《ほのほ》を噴くかと見ゆる夏の日、よろづの草なども弱り萎《しを》るゝ折柄、此花の紫雲行きまどひ蜀錦碎け散れるが如くに咲き誇りたる、梅桜とはまた異るおもむきあり。掃へど掃へど又しても又しても新しく花の散るとて、子僮《わつぱ》はつぶやくべけれど、散りても散りても後
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