のなるよ、と身にしみてぞ思はるゝ。

      巌桂

 木犀というもの、花は眼をたのしますほどにあらねど、時至りて咲き出づるや、たれこめて書《ふみ》読む窓の内にまでも其香をしのび入らせ、我ありと知らせ顔に園の隅などにてひそかに風に嘯ける、心にくし。甘く芳《かぐ》はしき香も悪しからず、花の黄金色なせるも地にこぼれて後も見ておもむき無きならず。たゞ余りに香の強きのみぞ、世を遁れたる操高き人の余りに多く歌よみたらん如く、却つて少し口惜きかたもあるように思はる。

      柘榴

 人の心もやゝ倦む頃の天《そら》に打対ひて、青葉のあちこち見ゆる中に、思切つたる紅の火を吐く柘榴の花こそ眼ざましけれ。人の眼を惹くあはれさのありといふにもあらず、人の眼を驚かす美はしさのありといふにもあらねど、たゞ人の眼を射る烈しさを有てりとやいふべき。

      海棠

 牡丹の盛りには蝶蜂の戯るゝを憎しとも思はねど、海棠の咲き乱れたるには色ある禽《とり》の近づくをだに嫉《ねた》しとぞおもふ。まことに花の美しくあはれなる、これに越えたるはあらじ。雨に悩める、露に※[#「※」は「さんずい+邑」、第3水準1
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